3
翌日は日曜日。当然のことながら、ガッコはお休み。連休前はアイスキャンディーがほしくなるほどいきなり暑くもなったのが、昨日今日は朝晩に少し寒いのが戻って来たみたいで。庭先で新しい葉が萌え始めてるアジサイの株を眺めやる。キンカンの株にも柔らかい若葉が茂っており、時々母上がアオムシが出たと悲鳴を上げては坊やに退治を頼みに飛んで来るようにもなった頃合い。
“退屈だな〜〜〜。”
昨日が準決勝だったなんて、ホントに忘れてた。てっきり今日だと思い込んでいて、それを観に行くことで多少は気が紛れるかと思っていたのにね。
“………。”
昨日は試合が終わったら桜庭さんが家まで送ってくれた。セナじゃないんだ、自分独りで帰れると言ったのだが、
『ダ〜メ。ヨウちゃん、きっと寄り道するでしょうが。』
電器館とか洋書のカッパ堂とか、途中のQ街で降りて絶対に寄ってくに違いないって決めつけられた。絶対にってのは何だよ、前は“絶対に”だったんだってば。それも、まだ幼稚園児だったのに、だよ? 皆がどんだけハラハラしたことか。
『覚えてないの?』
『………。』
ほんの昔、ほんの去年の今頃までは、そういえばそうだった。今初めてのように思い出し、言い返せないでいると、
『葉柱くんって凄いよね。ヨウちゃんが気づかないくらいに、ちゃんと気遣いしてたんだものね。』
『何だよ、それ。』
だって気がつかなかったんでしょ? あっと言う間に目的地までって移動だったから、寄り道しなくなってたってこと。だから、ヨウちゃんから呼び出されると必ず、しかも大急ぎで、迎えに行ってたんじゃないの?
『だってそれはっ。』
必ず来てくれてたのは、来ないと誰かに連れ去られるかも知んないぞなんて脅して、最初に散々刷り込みをしたからだ。それに、しっかりしがみついてねぇと危ないじゃんかよ。気が散れば、ぼんやりしてたら、シートから振り落とされるから。だから他所見なんか到底してられなくって………。
――― そうかなぁ?
これは自分への“?”だった。だってルイは、少しずつ大きくなってる自分の体つきへ合わせて、補助用のチャイルドシートを取り替えてってくれてた。窮屈じゃないようにって。大きくなったんなら握力も増したろうから、ずっとしがみついてられるだろうってのは…それこそ一度だって考えてなかったみたいで。だから、最悪 転寝しちゃっても大丈夫だったと思う。それに、それにね? あの大きな背中にぎゅううってしがみつくのが、実は大好きな坊やだったからね。だから、詰まらない他所見してる暇なんてなかった…が、一番正確な正解。
“……………。”
あぁあ退屈だ〜と。大きく伸びをして背中から ぱったりと。畳の上に寝転がったそのまま、さしてすることも思いつかなくて。坊やには珍しくも、ぼんやり過ごした日曜日だった。
◇
月曜日は学校。昨日からずっと、何だか元気がないようでは?と気遣う母に気づいてもいたから、殊更に溌剌に弾みをつけて出て来たものの、やっぱり何だか気が晴れないので、そんなテンションも午前中ですっかりと使い果たしてしまい跡形もなく。
“あと、明日、明後日、明々後日…か。”
最後の木曜は“半日”という勘定でいい。賊徒学園高等部の事務室のコンピュータにこっそりと侵入して、学校年間行事関連の管理データは既(とう)にハック済み。そこを開いて確認したところによれば、昼下がりの新幹線で帰京予定となっていたから、ここを出たあの駅へ、夕方ちょい早めの時間帯に戻ってくる。そんなこんなと取り留めのない想いを巡らせていると、
「ヒユ魔くん。」
後方から愛らしいお声が飛んで来て、坊やの足を…かすかに躊躇させてから立ち止まらせる。肩越しに振り向かなくとも分かる相手。大きなランドセルを小さな背中に弾ませて、とてちてと駆けて来た小さなクラスメート。
「何か用か? チビ。」
「えと…。」
一応は顔を上げて…いつもと変わらない表情で過ごしていたお友達。でもね、何か気になって。それで、追っかけて来てしまった優しい子。潤みの強い大きな瞳で見上げて来ると、
「一緒に帰ろ。」
「…まあ、良いけど。」
途中まで同じ方向だから、無下に振り払う理由もない。何かしらの言い掛かりを持ち出して、八つ当たり半分に咬みついて…言い負かして追っ払うのは簡単なことだったが、それさえも面倒だったのと、もう一つ。
「お前さぁ…。」
こっちからも聞きたいことがあったから。問いかけようとした気配、彼の側でも気がついて。んん?と小首を傾げて見せたセナが、だが、行く手に何かを見つけて立ち止まる。今日は月曜なので、低学年は午前まで。高学年も五時限目までなのだが、
“…そういや、今月の“月5”はフリータイムだったな。”
ゆとりの時間の延長のようなもので、毎月テーマを決めて何か観察したり地域の奉仕のお手伝いをしたり。高学年の月曜の午後はそんな時間割になっており、今月は校内での研究学習と校外奉仕と、どっちを選んでも良いとなっていたっけ。
「校外奉仕の方だったら、公園の草引きか空き缶収集じゃねぇのかよ。」
「お前に言われるこっちゃねぇよ。」
言い返して来たのは肩提げタイプのスクールバッグのバンドを胸元に斜め掛けした、がっつりと大柄な上級生。そのまま中学校の詰襟制服を着ても不自然でないほどに、背丈もあるし体格も良い。惜しむらくは太っていての大柄さだというところで、あんまり機敏では無さそうかも。その傍らには、こちらも背丈はあるが妙にひょろっとした男の子が立っており、どちらも“にやにや”と人を見下すような笑い方が顔にねっちょりと張り付いていて、はっきり言って向かい合っていて楽しいタイプではなさそうな彼らこそ。先の春に妖一坊やがほんの1カ月で畳んでしまった、当時六年生だった威張りん坊くんのすぐ下の弟とその腹心だそうで。あれから金髪がトラウマになってしまい、随分と気が弱くなったお兄ちゃんの仇をいつか討つぞと、隙を伺っていたらしかったが、そんな彼には残念な運び、坊やには“白馬の騎士”ならぬ白ランの用心棒が出来てしまったため、そう簡単に手出しが出来なくなり。どんなに手を尽くしても隙はなく、ならばと、彼のお気に入りのセナくんの方へ照準を合わせようと遅ればせながら計画を立て直したところが。その矢先に彼の方にも、途轍もなく不気味ででっかい(笑)ガーディアンが付くようになってしまったから、
『畜生、なんて周到な奴らなんだ。』
これじゃあ自分たちでは手だし出来ねぇよと、悔しげに臍(ほぞ)を咬みつつ今に至るのだそうで。………小学生だなぁ、臨機応変がなかなか利かなかったらしいなんて。あまりに不器用なお馬鹿さ加減に、却ってホッとしちゃうぞ、おばさんは。(苦笑) そんなお子様たちが、いかにも優位に立ってることをひけらかしつつ立ちはだかってくれた訳で。
“凄げぇベタなご登場だよな。”
妖一くんにはそんな程度の感慨しか沸かなかったが、さすがにセナくんには向かい合うことさえ怖い相手であるらしく、だから真っ先に足もすくんだのだろう。何せ、この六年生のお顔にはあんまり良い思い出がないセナだったから。妖一くんのすぐお隣りにいたものが、今は自然と伸ばされたお友達の腕で背後へと引っ張り込まれたままに大人しく匿われている。
「何か用かよ。」
そんなに学校から離れてはいないものの、住宅地の中を縫う通学路だから、こんな昼下がりに通りすがる人影はほとんどない。軽トラックが行き交うのはちょっとばかりキツいだろう道幅の街路には、やっぱり誰の姿も見受けられないままで。道に接している家の窓からだろうか、昼下がりのワイドショーの司会者らしきコメディアンの声と、いかにもな爆笑の掛け合いが白々しく漏れ聞こえて来る。
「知ってんだぜ。」
まずは短い一言だけ。焦らして相手を苛立たせる手管を、こんなガキが一体どこで覚えるのだろうなと、感心する。………いや、あんたがそれを言いますか?(苦笑) こっちが乗ってやらんといつまでも話が進まないらしいので、やれやれと思いつつも訊いてやる。
「何をだ。」
「あの、高校生の兄ちゃんだよ。修学旅行だってな。」
坊やの眉が“ふぅん”と動いたのは、ちょこっと感心したから。彼の兄はまだ中学生だし、賊学は私立で、しかもギリギリながら此処の校区内のガッコでもない。そんな高校の情報なんて、こんなチビさんがどうやって入手したのかなと、それが少しばかり意外だった妖一くんだったのだが。
「ふふ〜ん、驚いたろうが。」
トレーナーに見えるほど福々しく張ったTシャツの腕を胸高に組んで見せる、次期番長候補(仮)の傍ら、ひょろりとした方のニヤケものが解説の言葉を足した。
「ムロさんトコはな、旅行代理店なんだぞ?」
皆まで聞かずとも“なぁ〜だ”とオチが見えた坊やが肩を竦めるのと同時、
「だから、ここいらの中学や高校の修学旅行のデータは、ほぼお手のものなんだ。」
参ったかと言わんばかり、自分の手柄のように胸を張る二人組だが、
“個人情報保護法ってのがこの春から施行されてんのに、そんなことを胸張って言い触らしてんじゃねぇよ。”
聞いてるこっちが恥ずかしいわいと、うんざりして目許を眇める坊やであり…あんたもあんたで相変わらず“お子様離れ”してるよねぇ。(苦笑)
「長崎に行ってて、木曜まで帰って来ねぇんだってな。」
勝ち誇ったように言い切った、ムロとかいう六年生。だからどうしたと合いの手の代わり、訊いてやらんといかんのかなと思っていると、それはもう要らなかったらしく、
「だから助けは来ねぇ。残念だったな。」
あっはーと笑った顔の、何とも得意げなことよ。この年でそこまで陰惨な顔が出来るなんて、ある意味立派な“一芸”かも知れないぞと、どこか反応遅くぼんやりと眺めていると、
「………っ。」
アスファルトを蹴って、ひょろ長の方が素早く飛び出して来て、坊やの腕を取っ捕まえる。こっちの彼は一応俊敏であったらしく、
「ヒユ魔くんっ!」
ひえぇ〜っと驚いて声を上げたセナへ、
「少し離れてな。」
捕まえられた腕の反対の肩越し、そうと言ってやり、顎をしゃくって早くと促す。こんな奇襲を受けてさえ依然として落ち着いた様子でいる坊やに、後から近づいて来た御大がむむうと不機嫌そうな顔をして、
「何をカッコつけてんだよ。」
お前、捕まってゼッタイゼツメー状態じゃんかと。なのに、その平気そうな態度ってナニ? この状況が判ってないのかよと不満そう。じりと顔だけ突き出して、せいぜい怖い顔というのをして見せて、威嚇にと睨んで来る彼だったが、
“俺様がこんくらいで震え上がって、這いつくばって許して下さいとでも言うと思ったのかよ。”
ますます呆れた坊やだったのは、ちゃ〜んと“備え”があったから。空いてた方の手、指先を擦り合わせて“ぱちん”と鳴らして見せると、
「? …っ、ぎゃっっ!!」
にやにやと笑いながら坊やの腕を羽交い締めもどきで押さえていた、ニヤケたノッポくんが不意にその手を離す。
「ミヤケ?」
何だ、名前のまんまな奴だよなと、妙な方向へ感心する余裕さえある坊やが見やった先。後方へ飛びすさって逃げたひょろ長の上級生が、勢い余って道路の上、ぺたりと尻餅をついている。ムロたらいうガキ大将にもセナにも、何にもされていないのに勝手に飛び上がって彼の側から離れたという感じがした一幕であり、
「どしたんだ?」
こんな時に詰まんねぇギャグかましてんじゃねぇよと、目元を眇める親分へ、
「ちっ、違っ。あいつっ、何か、細工っ、ばちって…っ。」
「はぁああ?」
まともに答えられないほど完全に取り乱しつつ、ただただ指を差すのは、さっきまで自由を奪って支配していた筈の小さな坊やの、ほんの少しほど首を傾けて、昼下がりの陽射しに煌めく軽やかな金髪。何が何だかを唯一ちゃんと判っているらしいその坊やは、目配せひとつでまずは小さなお友達を自分の間近まで呼び招き、
「何を勘違いしてるのかは知らないが、
ルイが来ないからって、そんなもん俺には何のハンデにもなんねぇんだよ。」
口許だけを真横に引いてのにんまりとした笑い方。ぱたた…と駆け寄って来たセナくんへ、どこへも怪我とかしてないかと目顔で訊いて確かめながら、
「考えてもみろ。
お前の兄貴はルイに…高校生に伸されたのか? 違げぇだろ?」
「う………。」
確かに。彼のお迎えにとあのバイク乗りのお兄さんが頻繁に来るようになったのは、去年の丁度今頃からだったか。そして、坊やがガッコを制覇したのはそれより一ヶ月ほど前のこと。何がどうしてそうなったのか、小生意気な一年坊主に巧妙に挑発されまくり、頭にかっかと血が昇ったその揚げ句、自分の仲間内…クラスメートや同じ部活の六年たちをわざわざ自分で呼び集めた衆目の前にて。このほっそりとした子供モデルみたいな坊やに、服でもひん剥いてやるか、泥んこまみれにして大恥をかかせてやるべと余裕で掴みかかって見せたのに。そのままヒラリヒラリと身を躱された揚げ句、あっさり逆襲を食らい、気がつけば…良いように蹴り飛ばされて、コテンパンに伸されてしまったという爲體(ていたらく)。そのお兄ちゃんは丸きり覚えてないらしいけど、その切っ掛けは、彼がここにいるセナくんを苛めたのがそもそもの発端なのだけれどもね。
「ほら。俺ってサ、あんまり可愛い見栄えしてっから、そこいらの好きものが不心得起こして誘拐して行きそうな子供だろ?」
それを自分で言いますか。(苦笑)
「だからさ、こういう装備も大人たちから持たされてるし。」
セナくんを目配せだけで少し離れさせ、頭上に掲げた…今度は右手で もう一度。パチンッと指を弾いて見せれば。さあっとタイミングよく陰った薄日の中、金色の髪がチカチカッと放電し、すかさず左手でカーディガンのポケットから摘まみ出した、レシートだろうか小さな紙切れが、ぽうっと勢いのあるオレンジ色の炎をあげて、一瞬で燃え立ってから掻き消えた。
「ひっ!」
何がどうしてそんなことが出来るのか。アニメや特撮ものに慣れてる子供でも、慣れていればこそ…そういうのは皆、仕掛けや仕込みがあってこその奇跡だと知っているから。こんな子供が何の下準備もなく、いきなりほいほいと出来るもんじゃないということもちゃんと判る。
“な…何だよ、こいつっ!”
兄ちゃん負かしたのは喧嘩でだったじゃないかよっ。こんな気味悪いことでじゃなかっただろがよっと。軽く混乱しかかっているところへ、
「あと、ここいらが管轄の婦警さんたちに直(ちょく)でつながる、無線の小型ターミナルだって持ってるし。」
ズボンの後ろポケットから掴み出したのは、スマートなデザインの…携帯電話だったのだが、
「あひぃっ! やめろぉっ!!」
「あ、むむむ、ムロさん、待ってっっ!」
これ以上何か怖いものが出て来る前にと思ったか、ぎゅむと目を瞑り、だかだか駆け出していった親分と、置いてかないでと必死で後を追う おヒョロくんと。
「あ〜あ、あんな大慌てして逃げなくても。」
コケるぞ、あいつらと。ケケケッと笑った金髪悪魔坊やへ、
「ヒユ魔くん、こあい…。」
道端、電柱の陰にその身を隠すようにして………セナくんまでもが遠巻きにしてどうしますか。(苦笑)
“…まあ、判らんでもないが。”
一端の大人みたいに肩を竦めると苦笑をし、さっき弾いて見せた指先から、何かをぺりぺり剥がす坊やであり、
「もう良いぞ。どれもこれも使いっ切りの装備だかんな。」
不織布っぽい紙の絆創膏で左右の指先に貼ってあった何か。真ん中が削れてなくなっており、さっきのパッチンでそこを擦り合わせた彼だったのだろうと思われる。
「それって何ぁに?」
「パッチ型 静電気発生帯電器。まだテスト版だけどもな。」
朝からずっと貼っていた訳じゃなく、不穏に気づいて袖口にセットしてあったのを素早く指先へ貼ったもの。そう言ってから、カーディガンの前あわせをバサッと左右に開いて見せてくれた彼であり、
「こっちにも何か…貼ってあるね。」
「ああ。指の機動スイッチを強く擦るとこっちへ強力な静電気が流れてな、そのタイミングにこっちへと触ってると、一瞬だけだけど物凄い電圧を受けることになっちまう。」
着ている本人は無事なようにと、そこはそれなりの工夫がなされてあるそうで、
“ホントはコンピュータやICやAIを相手に、混線させるための妨害用装備らしいけどもな。”
情報戦は盗むばかりじゃあない。盗めない場合、もしくは盗まれそうになった場合、私のものにならないあなたなら誰の自由にもさせないわとばかり、もしくは愛する人はあなただけ、他の誰にも触れさせはしないとばかり。最終手段として、該当情報を消したり壊したりするという手もある訳で。
“高見センセもエグイもんを思いつくもんだよなー。”
スイッチのパッチ部分は勿論のこと、配線関係にも撓やかだが極力脆いものを使っているので、使ったその場であくまでも安全に燃え尽きて蒸散し、証拠は何も残らない。勿論、こんな小さな坊やに持たせるにあたっては、注意事項を重々言い渡してのことではあるが、こういう時の装備に使ってみようと思う辺りが、やっぱり末恐ろしい、用意周到な悪魔っ子。
「………で。何でお前は、俺んコトわざわざ待ってたんだ?」
「ぴっ?」
あまりの不意打ちに、セナくん、突拍子もない反応をついつい示してしまったほど。
「わざとらしく惚けてんじゃねぇよ。」
実はこれこそハッタリ、ただの電話だったんですよのケイタイをポッケにしまいつつ、
「何か言いたそうな顔ばっかしてやがってよ。」
「あやや…。」
今日一日、何だか何かを気にしながら、でもでも近寄れなかった仲良しの坊や。こっちでも頬に来る視線の気配でちゃんと察してはいて、今更この子が怖がるほどにも、棘々しい雰囲気でいたのかなって、反省しかけてもいたくらい。でも、帰り道には駆け寄って来たから、あのね? 何か違うみたいだなって気がついた。もしかしてもしかしたら…。
「あの、あのね? 桜庭さんに言われたの。今週はヒユ魔くんの前で葉柱のお兄さんのお話をしちゃいけないよって。」
ああやっぱりと。やっとこ、坊やにも納得がいった。
“だよな〜。進の黙んまりが平気なこいつが、今更オレんこと怖がるかよな〜。”
おいおい、それはそれで失敬かもだぞ。(苦笑) 結局はお名前出しちゃったようと、ふしゅんと萎んだセナくんへ、
「大丈夫だよ。」
にっぱり笑って ぽふぽふと髪を撫でてやり、
「見たろ? 俺は元気なんだし、自分からでもルイのこと話題にしてたくらいだぜ?」
それは…確かにそうだったよねと、セナくんも理屈で納得させられた模様。さあ帰ろうと、静かになった道を歩き始める愛らしい二人連れ。
――― ねえねえさっきのパッチンてセナもやってみたい。
あのな、まずは指が鳴らせなきゃ意味ねぇんだぞ? 出来んのか?
うう…鳴れせなきゃダメなの?
そ。
第一、お前は どっかへお出掛けってのには進が漏れ無くついてくんだから、使う機会なんてなかろうよ。だって髪の毛チカチカしてて綺麗だったのに。屈託ないお声で、無邪気なことを(?)語り合いつつ、小さな仔犬たちがまろぶように駆けてゆく。至って平穏な住宅街の昼下がりでございますvv
◇◆◇
ふと。つもりもなく流した視線が、そこへと留まったままになる。色白な細い腕、伸びやかにシャツの袖から覗かせて。襟足にかかる長さの髪は、動作に風にふわふわと揺れる軽やかさを尚のこと強調している、明るい色合い。鮮やかに咲き誇るツツジの茂みの傍らをひょこひょこと駆けてゆくのは、天使のように愛らしい後ろ姿の………。
「………ル〜イ。」
呼ばれたのが自分であるらしいと気がつくまでに、僅かにかかった間合いを詰めるように。ごっつん☆と後頭部をこづかれて、
「何しやがるかな、さっきからよっ。」
振り返りつつ、咬みつくような勢いで抗議すれば、
「それはこっちの台詞だっての。」
負けない鋭さで眇められた眼差しがこちらを射貫く。一見、新緑に鮮やかに映える真っ白な長ランの精悍な青年と、ちょっぴりスカートの長いセーラー服の女学生。どちらも大人びた風貌がなかなかの見栄えを保っており、美男美女の範疇に余裕で収まりそうな目立つ二人連れなのだが。さすがに修学旅行にそれはなかろうと持って来れなかった“ささら竹刀”がないので、已なく鉄拳の直接攻撃になっているメグさんが、目許をきゅううと尖らせて総長さんを睨み返しており。物怖じしないその上に、本気の迫力が乗っかっているから怖いの何の。
「さっきの子で今日だけでも5人目。
しまいにゃ変質者だってことで通報されちまうって言ってんのよ。」
そう。この総長さんと来たらば、せっかくの修学旅行だってのに、長崎の史跡旧跡には関心を大して寄せないまま、その視線が他所へとばかり逸れており。しかもしかもここが問題、この年頃がターゲットとするのだろう、同世代やらちょいと年上の開放的なファッションの女子たちよりも、小学生くらいの幼い子供にばっか目が向いている。まず最初に目が留まるのは黒くはない髪の色へ。といっても、自分の意志で変えられる年頃には用はないらしく、自毛の茶髪や金髪へ。そしてこれがまた困ったことには、此処は結構有名な観光地だから、都心の繁華街以上に観光客としての金髪の子供たちが結構いたりする。
「歴史的な旧跡はともかく、ハウステンボスありますしねぇ。」
「韓国や台湾からも直行便が就航してるらしいからな。そっち経由でもドカドカ来てるって言うし。」
そういう子供たちと、親の趣味で髪を染められちゃった日本人の子供との違う点は、
「あの坊やと一緒で、肌が白いわ眸がカラフルだわ。」
「観光地へのお出掛けだから、身なりも良いっすしね。」
あの坊やも ちょっぴりおませでお洒落だったから、重なる部分の多いこと多いこと。よって、ついつい視線が泳いでしまう誰かさんであるらしく、気持ちは判…らんでもないこともないこともないけれど。頼みますから犯罪者みたいな真似はやめて〜〜〜と、アメフト部員たちは昨日からこっち、ハラハラのし通し。
「大体、あの子が来てる筈がないでしょうよ。」
せめて京都や奈良や伊勢志摩辺りなら断言するのが ちと難しいが、こうまで遠い長崎の空の下。学校だってあるんだから、そうそう簡単に追って来られる筈はなく。絶対他人に決まっているのに、その目移りって何よとメグさんが呆れれば、
「だよなー。あいつほど可愛い子って、まずはいねぇもんな〜。」
……… はい? もしもし?
眇められてたメグさんの切れ長の眸が、唖然としてか丸ぁるく見開かれたのにも気づかぬまま。はぁあといかにも遣(や)るせなさげに溜息をついてから、
今日なんか月曜だから今頃は放課後になっててよ、いつものクセでケイタイ開けて、あ・そうか呼べないんだなんて、膨れながら思い出してたりしてな。それとももしかして、あの歯医者の野郎が、俺の留守をいいことにちょっかいかけに来てたりするかもだしよ。ここんとこ ちょっとばかり甘やかし過ぎてたしなぁ。それがいきなり居ないってのは、ずっと気落ちもするもんだろよな。なあ、どう思う?
一気にそんなことをば、訊いたりしたもんだから。
「だぁあっ、もうっ! 知らないわよっっ!」
ますます“単身赴任先の子煩悩なパパ”モード全開の総長さんへ、とうとう臨界を越えたらしいメグさんからの容赦ないカウンター・パンチが鋭く決まって。
「わあ、ヘッド〜〜〜っ。」
「しっかりして下さいっ!」
「舌、咬んでませんかっ?!」
「やばいぞ意識ないぞ、担架だ、担架っ!」
長崎は今日は晴れだった、ようでございます。(笑)
←BACK/TOP/NEXT→***
*室くんと三宅くんのファンの方にはすみませんです。(笑)
|